コラボ事例

【呉市 高齢者支援課】
地域で支える「認知症パッケージ事業」の取り組み

認知症に関する個々の事業をパッケージ化し、発症予防から診断後まで一体的にサポートする取り組みについて、インタビューしました!

2025.12.05
住み慣れた地域で、その人らしく最期まで。
多角的な支援で早期発見・早期対応を目指す呉市の挑戦

広島県呉市は、認知症の方とその家族が住み慣れた地域で自分らしく生きていける社会を目指し、従来の取り組みに新たな事業を加えた「認知症パッケージ事業」を令和6年(2024年)に立ち上げました。特に、薬局でのスクリーニング検査といった先進的な取り組みは、他の自治体からも注目を集めています。

本記事では、認知症パッケージ事業を推進する高齢者支援課の北恵様、礒本様に、事業立ち上げの経緯、予算獲得の工夫、事業の詳細、そして地域連携における課題と今後の展望を詳細に伺いました。

パッケージ事業の全体像:予防から長期フォローまで連動した支援体系
呉市が、認知症に関する個々の事業を「パッケージ」として立ち上げた経緯や背景を教えてください。
今までも重症化予防、介護者支援などの認知症関連事業は実施していましたが、閉じこもりへの対策が十分に行き届いていない場合があることが課題でした。そこで、認知症基本法が制定されるタイミングに合わせ、「認知症の方とその家族が住み慣れたところで、最期までその人らしく生きていける呉市」を目指し、従来の支援に加えて、様々な視点からの支援が連動してできたら良いという発想からパッケージ化に至りました。
このパッケージは、従来の事業をベースに、大きく分けて三つの新規事業を追加しています。

 1.予防の強化:補聴器等の購入助成
 2.早期発見の強化:保険薬局等における認知症のスクリーニング検査の開始
 3.生活支援の強化:認知症事故救済事業(保険制度による補償)

これらが全て連動し、市民の皆様の「発症予防」から「早期発見」、そして「生活支援・重症化予防」、「介護者支援」「保険制度による補償」へとシームレスに繋がるような仕組みを目指しています。


呉市 認知症パッケージ事業チラシ(中面)

■予算獲得の困難と呉市医師会の後押し
―新規事業の予算をどのように獲得されたのでしょうか。
新規の予算獲得だったので非常に苦労しましたが、補聴器等の購入補助とスクリーニング検査については、呉市医師会などの協力もあり無事に獲得することができました。
例えば、補聴器等の購入補助については、呉市医師会の耳鼻科会の先生方に相談させていただきました。先生方から「聴覚と認知機能の低下には関連があり、本当に必要だ」と、医学的知見によって事業の根幹を支えていただいたことが、高齢者支援課だけでは説得が難しかった部分を補ってくれました。また、何デシベルを補助対象にするべきか、何人を見込んで予算を獲得すべきかなど、制度設計の具体的な部分に関してもご意見をいただき、行政と医療機関が一体となって、強い要望として事業の必要性を訴えることができました。
さらに、保険制度についても言えることですが、同様の取り組みを先行して実施している他自治体も参考にして、「多くの方にとってメリットのある事業になる」という重要性を明確に提示できたことも、大きな後押しになったと感じています。

■早期発見の要:“より気軽に”受けられる薬局でのスクリーニング検査
―早期発見のためのスクリーニング検査を薬局で実施することになった経緯をお聞かせください。
当初は、かかりつけの先生がいる病院での実施を想定していました。ですが、呉市医師会との協議の中で「病院はハードルが高いのではないか」という意見が出たため、実施場所を変更することになりました。
認知症かもしれないという理由で病院にかかるのは心理的な抵抗があるとはいえ、いかに早く病院を受診していただくかが重要です。そこで先生方から提案されたのが、「薬局なら行きやすいのではないか」というものでした。薬局は病気にかかっている方が薬をもらうために必ず足を運び、病院ほど身構えずに検査を受けられるだろうという発想からです。
そこからは呉市薬剤師会と協議をさせていただきました。呉市薬剤師会に加入している薬局に手挙げをしていただき、さらに市が実施した研修を受講してくださった約60の保険薬局で、現在スクリーニング検査を実施しています。薬剤師さんの対応分のコストは、市が委託費という形で負担しています。

―検査対象者が高齢者だけではなく、「40歳以上の市民も受けられる」という点が特徴的だと感じました。対象年齢の選定についてお聞かせください。
認知機能の低下は高齢者に限ったことではなく、特に若年性認知症の方々を拾い上げたいという強い思いがありました。若年性の方はまさか自分が認知症だと思わず、確定診断まで時間がかかるため、早期発見の「きっかけ」として40歳以上としました。
しかし、「特に早期受診を促したい世代に絞った方がより効果的ではないか」という意見もあり、結果として「65歳から80歳の市民の方を中心とし、40歳以上の方も受けることができる」という現在の表記に落ち着きました。


保険薬局におけるスクリーニング検査のチラシ

■早期発見を阻む認知症特有の難しさと乗り越えるための「福祉のキューピット」の役割
―事業開始から2年目を迎え、現状についてお聞かせください。
スクリーニング検査の実績としては、2024年7月から開始して、高齢者の方を中心に、保険薬局と通いの場を合わせて約100件の受検がありました。ただ、目標としていた数字には届いていません。一番の難所だと感じているのは、「認知症」という言葉自体が持つ、「認知症になったらこの世の終わり」のような暗いイメージです。こちらとしては、自覚症状がなくても年に一回、健康診断のような感覚で気軽に受けてもらいたいのですが、「検査を受けたらどうせ認知症って言われるんでしょう」という思い込みのほうが先行してしまうようです。
薬剤師さんのほうからも「検査を受けませんか」という声がけをしてくださっているのですが、患者さんに「(私のことを)認知症と思っているのですか?」と聞かれてしまうことがあるそうです。それでも実績が上がっているのは、患者さんに熱心にお声がけしてくださる薬剤師さんのおかげです。毎月通っている患者さんに対して、顔見知りの薬剤師さんから勧めていただく「直接の声かけ」が非常に大きな効果を発揮しているのは間違いありません。

―啓発活動や地域連携の工夫について、特に力を入れている点を教えてください。
啓発については、認知症に対する偏見を持たない世代への働きかけとして、今年度から小中学校での活動を進めています。高齢者の体験装具を用いた授業と、認知症についての話を合わせた2時間構成の体験型授業を実施し、子どもたちが「認知症は年を取ったら誰でもなる可能性がある」ということを当たり前と捉えてくれる社会を目指しています。
また、このパッケージ事業を推進するために、各地域包括支援センターに「包括的支援推進員」という役割を一人配置しました。愛称で「福祉のキューピット」と呼んでいます。この推進員は、認知症地域支援推進員、在宅医療・介護連携推進員、そして第2層生活支援コーディネーターという三つの役割を担っており、地域の中の様々な団体や医療・介護専門職などと繋がり、地域の社会資源を発掘し、それらを個人が求める支援とマッチングしています。先ほどお話しした小中学校でのイベントも、福祉のキューピットが地域の学校と直接協議をして実現しました。

■民間連携への強い期待:イメージ変革の推進力として
―自治体主導の事業である一方、民間企業との連携について、特にどのような可能性を感じていらっしゃいますか。
民間の方には積極的にパッケージ事業を周知していただきたいと考えています。
現状、我々の仕事は、制度を整えて困っている方を救うという「制度」が中心にならざるを得ません。しかし、認知症基本法の理念にあるように「認知症になっても楽しく自分らしく生きられる」ということを本質的に実現するためには、暗いイメージを払拭することが不可欠です。
例えば、企業の若い社員の方々への啓発や、企業が持つ発信力を活かした広報活動に非常に期待しています。私たちが平日に行う事業は、仕事をしている世代が参加することは難しいです。企業の広報誌で認知症のことを当たり前のこととして啓発してもらうことで、気軽に認知症のスクリーニング検査が受けられるようになればいいなと思っています。それが、若い世代の親世代にも関心を持ってもらうきっかけになると考えています。
また、認知症の疑いがある方や診断された方が、介護保険サービスではない、気軽に立ち寄れる場、相談できる場が地域に増えたらいいなと思います。そういったところで民間の方の力も借りて、認知症のイメージを少しでも明るいほうに持っていきたいと強く思っています。

■認知症になっても自分らしく生きられる社会の実現に向けて:生の声が語る課題
―早期発見の取り組みを進める中で、一番の課題は何だと実感されていますか。
早期発見ができたとしても、その後の「早期対応」に繋がっているか、本人が望むような支援に繋がっているかが最大の課題です。診断を受けた本人から、「こんなこと(認知症の疑いがあるという結果が出たこと)なら受けなければよかった」という痛い生の声を聞いたこともあります。
たとえスクリーニング検査を受けていただいて、その方の医療機関との情報連携はできても、受検者の方から「今すぐ支援は必要ないから困ったときに連絡します」ということになると、支援はそこで途切れてしまい、次に来ていただいたときには重症化してしまっている。これが認知症の怖いところです。

―今後についてお聞かせ下さい。
このパッケージ事業は、3年を一つの区切りとして、今年度もアンケートを取るなど状況を確認し、課題抽出と対応を検討委員会の中で協議していきます。
認知症の課題は非常に難易度が高いですが、これからどんどん増えていくと言われている以上、取り組む必要があります。「認知症に対する暗いイメージ」を変えられるような啓発活動とともに、この取り組みで得られた市民の方からのご意見を蓄積し、「認知症になっても自分らしくいられる社会」の実現に向け、引き続き「認知症パッケージ事業」を推進していきたいと思います。


左から
呉市福祉保健部 高齢者支援課 地域包括ケアグループ 北恵様
呉市福祉保健部 高齢者支援課 地域包括ケアグループ 礒本様
※記事中の所属名等は、インタビュー当時(2025年10月8日)の名称です。

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